[広報]技術トピックス

~世界最小を叶えたエスアイアイ・クリスタルテクノロジーの技術力 ~

作成者: セイコーインスツル|May 18, 2026 10:02:25 AM

小型の音叉型水晶振動子が、あらゆる電子機器の低消費電力を支える

皆さんがお使いのノートPCやスマートフォン、スマートウォッチなど、あらゆる電子機器のバッテリー持ちを向上させるために、音叉型水晶振動子が活躍していることをご存じでしょうか?

セイコーインスツル株式会社のグループ会社の一つ、栃木県栃木市にあるエスアイアイ・クリスタルテクノロジー株式会社は、音叉型水晶振動子において世界最小の製品を開発し、IoT・ウェアラブル時代を影で支えています。

今回は、同社で音叉型水晶振動子の開発・設計を担当するメンバーに、水晶振動子の基礎から最新技術の核心まで、詳しく話を聞きました。

そもそも水晶振動子は何のためにあるのか?

現代社会には「正確な時間」を必要とする機器が多く存在します。その代表例がクオーツ時計です。内蔵された水晶振動子に電気を流すことで発生する正確な振動を電気信号に変えて、正確な1秒を作り、時計の針を動かします。

実は、時計以外にも「正確な時間」はさまざまな機器で必要とされています。電子機器の中には、CPU処理や通信、データ同期などを行うための回路がありますが、それらが、どのタイミングで、どの速さで動くかを決める基準信号(クロック)が必要です。もし、このタイミングがずれてしまうと、誤動作や通信エラーにつながってしまいます。

スマートウォッチ、スマートリング、スマートキー、コネクテッドカーの通信機能、IoTセンサー。これらすべてに「タイミングを正確にとる」デバイスが搭載されています。そのタイミング制御の中核を担っているのが水晶振動子です。

もう一つ重要な観点として、「バッテリーをいかに長持ちさせるか」という低消費電力化の問題があります。ウェアラブルデバイスが小型化するほど、搭載できるバッテリーも小さくなります。だからこそ、「消費電力をできる限り抑える」というニーズが年々高まっているのです。

水晶振動子の原理とは?

水晶振動子とは、一定の周波数で規則正しく振動し続けるタイミングデバイスです。その機能を可能にするのが、水晶が持つ2つの性質です。

一つ目は「圧電効果」で、水晶に力を加えると表面に電荷が生じ、電気信号が発生するという性質です。二つ目は「逆圧電効果」で、反対に電圧をかけると水晶が変形・振動するという性質です。この2つの性質を組み合わせて利用します。電圧をかけて水晶を振動させ(逆圧電効果)、その振動によって生じる電荷を電気信号として取り出す(圧電効果)。この繰り返しによって生まれる規則正しい電気信号が、機器の「時間を刻む基準」となります。

水晶振動子は単体では動かない受動部品です。インバータ(発振回路)、抵抗、コンデンサといった周辺部品と組み合わせてはじめて発振します。例えば、腕時計では、この発振回路がマイコン(ICチップ)に外付けされ、発振した信号を分周・カウントすることで「1秒」「1分」という正確な時間を刻むようになります。

水晶振動子の周波数

水晶振動子には大きく2種類あります。高周波帯(MHz帯)を担う「ATカット水晶振動子」と、低周波帯(32.768kHz)を担う「音叉型水晶振動子」です。

ATカット水晶振動子はパソコンのCPUクロックのように、高速な処理が必要な場面で使われます。一方の音叉型水晶振動子は低消費電力で動作し、デバイスがスリープ中でも最低限の時間管理・タイミング管理を続けるためのサブクロックとして動き続けることで、バッテリーの消耗を抑える役割を担います。

この2種類は役割が異なるため、競合する製品ではなく、多くのデバイスで両者が組み合わさって使われています。メインクロック(MHz帯)が動作する際には数十mA(ミリアンペア)の電流が流れますが、サブクロック(32.768kHz)はμA(マイクロアンペア)レベル、つまり数百分の1以下の消費電力で動作します。デバイスがアクティブな処理をするときだけメインクロックを使い、待機中はサブクロックに切り替えることで、バッテリー消費を大幅に抑えられます。特に電池容量が小さいウェアラブルデバイスでは、この差がバッテリー寿命の違いとなって現れます。

エスアイアイ・クリスタルテクノロジーでは、このうち音叉型水晶振動子の開発・量産を半世紀以上にわたり行ってきました。

世界最小への挑戦|「SC-10S」の誕生

2025年12月、エスアイアイ・クリスタルテクノロジーは、世界最小の音叉型水晶振動子「SC-10S」の量産開始を発表しました。

業界では様々なメーカーが水晶振動子を手がけていますが、多くの企業は高周波(MHz帯)の開発にシフトしており、32.768kHz帯の微細化に注力するメーカーは限られています。

開発担当者によれば、32kHz帯の微細化技術において優位性を持っており、1210サイズ(1.2 mm×1.0 mm)で業界トップクラスの量産実績を有しているといいます。さらにSC-10S(1.0 mm×0.8 mm)については、プレスリリース時点(2025年12月)で競合他社が同等品を開発できていない状況だといいます。

SC-10Sの特徴は「世界最小サイズ」だけではありません。従来製品に比べてさらに薄型化されており、スマートリングのような超薄型デバイスへの搭載が可能となりました。加えて低消費電力特性も維持されており、小型・薄型・低消費電力の三拍子が揃った製品となっています。

小型化の壁を乗り越える

満を持して量産化を実現したSC-10Sですが、世界最小サイズの開発には乗り越えなければならない壁がいくつもあったといいます。

小型化の壁① R1(直列抵抗値)

音叉型水晶振動子の性能を表す最重要指標の一つが「R1(直列抵抗値)」です。文字通り音叉型の形状でもある水晶の2本の腕(振動部)が振動した時の電気的な抵抗値で、この値が低いほど「少ないエネルギーで振動できる」ことを意味します。

担当者によると、水晶振動子の2本の腕のサイズが大きいほど圧電効果を得やすくR1を低く抑えやすい一方、小型化が進むと体積減少に伴ってR1が上昇しやすくなるといいます。

小型化の壁② 実装技術

R1の問題だけでなく、「小さなパッケージの中に精密な素子を正確に搭載する」実装技術も大きな課題です。

3.2mm×1.5mmサイズなら、チップとケースの間に余裕があり、製造装置の精度で対応できます。しかし1.0mm×0.8mmサイズの「SC-10S」ともなると、パッケージ内部のクリアランスは極めて厳しくなります。チップが少しでも傾いて搭載されると蓋に当たってしまい、本来の発振特性が得られなくなってしまいます。

開発メンバーはこう振り返ります。「一定の精度で量産性を保ちながら搭載するという技術は、1.0mm×0.8mmのサイズで初めて直面した課題でした。一つ一つクリアにしていく積み上げが必要でした」

エスアイアイ・クリスタルテクノロジーは、この「小型化の壁」をどう乗り越えたのでしょうか。同社が積み上げてきた独自技術を一つひとつ紐解いていきましょう。

PEQ技術|水晶振動子の製造プロセス

音叉型水晶振動子の製造プロセスの中心にあるのが「PEQ(Photo Etched Quartz)」技術です。PEQ技術は半導体の前工程に類似したフォトリソグラフィ技術を応用していますが、水晶ならではの工夫が随所に盛り込まれています。

製造はクリーンルームで行われ、工程は大きく3つのステップで構成されます。

  1. ウェハーにフォトレジスト(感光剤)を塗布し、光を当て露光し、振動子形状のパターンを焼き付け、現像してパターニングする。(フォトリソ工程)
  2. 薬液(エッチング液)で不要な部分を溶解・除去し、外形形状や電極形状を形成する。(エッチング工程)
  3. ウェハー上で周波数を測定しながら、レーザーで金属膜を除去し、周波数を調整する。(テスティング工程)

H型形状とエネルギーロスの低減

音叉型水晶振動子の2本の腕の形状は、性能に直結します。特に注目されるのが「H型形状」と呼ばれる断面形状です。

H型形状では、腕の断面に溝(グルーブ)が設けられており、そこに電極を3次元的に形成することで、圧電効果による電荷生成を効率的に引き出すことができます。これにより、横方向に電界を発生させ、同じサイズでもより高い圧電効果を実現しています。

技術開発チームでは、振動腕の設計を工夫することでエネルギーロスを抑えた振動系を追求してきました。また、精度よく溝形状を形成するためには、PEQエッチング用に独自調合した薬液が不可欠だった、と語っています。

フッ酸系薬液をベースに独自レシピで配合・調整し、H型形状を再現するエッチング条件を確立しました。さらに水晶の内側形状を作るプロセスと外形を削るプロセスで、異なる薬液を使い分けるなど、きめ細かなノウハウが積み重ねられています。

カスタム製造装置の開発

水晶振動子の製造には、半導体製造用の標準的な装置では対応できないことも多く存在します。

開発現場では、市販装置だけでは対応できない工程も多く、装置メーカーと協力しながら専用設備を開発しているといいます。ウェハーの自動搬送機についても、自社要求仕様をもとに共同開発を進めたそうです。

これは単なる「既成装置の導入」ではありません。同社がユーザーとして製造ノウハウを持ち込み、装置メーカーと対話しながら世界に1台しかないカスタム製造装置を作り上げています。ある意味で、世界最小の水晶振動子を作れる工場を、自ら設計・構築しているとも言えます。

真空封止技術

水晶振動子はセラミックパッケージと金属蓋(リッド)に封入されますが、その中を真空状態に保つ必要があります。真空でなければR1(直列抵抗値)が正常な値を示さず、性能が出ないためです。

封止の際に最大の課題となるのが、溶接時に材料から発生する「アウトガス」です。溶接をしっかりやれば気密性は上がりますが、発生するガスも増えます。逆に溶接を抑えるとガスは減りますが気密性が落ちます。

担当者はこう説明します。「溶接の条件をいかに最適化するか。それが腕の見せどころです。競合他社によってはゲッター剤(吸着剤)を内部に入れ、ガスが出ても吸着させて真空度を上げるという方法を取っているところもあります。しかしゲッター剤を使うと材料費・加工費が上昇します。我々はゲッター剤を使わず、どのようなサイズでも高気密で封止できる独自技術を確立しています。」

シミュレーションと実験の融合

設計においては、コンピューターシミュレーションを使って振動モードや応力分布を解析し、どこに力が集中しやすいか、どこが折れやすいかを把握することから始めます。

しかし、水晶業界では現時点でシミュレーションだけですべての設計課題を解決できるほどデータや技術が蓄積していないケースも多くあります。最終的には実験による検証が不可欠になります。

設計担当者は次のように語ります。「シミュレーションで大枠を決めた後、細かく寸法を振りながら複数のサンプルを作製し、どの寸法がどう特性に影響するかを確認しながら最適点を見つけていきます。我々が持っているのは、シミュレーションだけでは導けないノウハウです。」

国内一貫生産へのこだわりが生む品質優位性

グローバルな分業が進む現代において、エスアイアイ・クリスタルテクノロジーはひとつの哲学を貫いています。「水晶ウェハーの加工からパッケージング、梱包・検査まで、すべてを栃木県栃木市の1拠点で行う」という国内一貫生産です。

競合他社が人件費の安い中国、ベトナム、マレーシアなどに製造拠点を移転した中、同社は日本での一貫生産を続けています。これは「しつこいくらいのこだわり」だといいます。

担当者によると、同社は水晶ウェハー加工から梱包・検査までを国内1拠点で完結している数少ないメーカーだといいます。海外生産と比較してコンタミネーション管理に優位性があり、品質クレームもほぼないとのことです。

また、全工程が同一拠点にあることで、万が一品質問題が発生した際の対応スピードも他社とは一線を画しています。

開発担当者は次のように話します。「海外に分散して製造しているメーカーでは、問題発生時の調査・対応に時間がかかります。我々は全工程を1か所でやっているので、問題が起きてもすぐに原因究明と対応ができます。これは、他社には簡単にまねできない品質保証体制だと言えます。」

エスアイアイ・クリスタルテクノロジーはものづくりのすべてが体験できる環境

最後に、エスアイアイ・クリスタルテクノロジーの魅力についてメンバーにコメントを求めました。

「現代の製造業は水平分業が主流です。設計は自分たちで行い、製造はファウンドリ(専業受託製造会社)に委託するというような形態が一般的になっています。しかし我々は、材料加工から組み立て・梱包・完成品評価まで、すべて自社でやっています。ものづくりが大好きで、何にでも興味があるという人にとっては、いろんなことを経験できる非常にユニークな環境だと思います。」

「水晶業界には半導体のように成熟した教科書やネットの情報が少なく、自分たちで仮説を立てて実験して答えを見つけていく文化があります。そして自分が手がけた製品が世界中の時計、スマートウォッチ、IoTデバイスに搭載されて、毎月何億個という数が出荷されていく。その実感をエンジニアとして体験できることが、ここで働く大きな魅力の一つだと思います」

エスアイアイ・クリスタルテクノロジーでは、開発者たちが科学的根拠に基づく開発を日々積み上げています。その積み重ねが「世界最小」という称号に結実しました。1mm以下の小さな水晶振動子の中には、日本のものづくりの精髄とも言える技術が詰まっています。

取材協力

左から、技術開発部二課 小泉氏、溝延課長、技術開発部一課 市村課長、加藤氏