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深皿の底にも模様が印刷できる。 エスアイアイ・プリンテックのインクジェットヘ ッドが切り開く、立体印刷の未来
私たちの身の回りにある食器、タイル、段ボール、着物、窓枠、ナンバープレート。用途も材料も異なるこれらの製品には、ある共通点があります。それは、いずれもインクジェットプリントヘッドで印刷されている可能性があるということです。
今回は、セイコーインスツルのグループ会社の一つである、エスアイアイ・プリンテック株式会社でインクジェットヘッドの製品企画を担当するお二人にお話を伺いました。産業用インクジェット印刷の新たなフロンティアへと歩みを進める同社の技術と、その先に見える未来についてご紹介します。
印刷は「紙にきれいに刷る」だけの技術ではなくなった
産業用インクジェット印刷が急速に普及しています。かつては広告看板(サイネージ)へ の印刷が中心でしたが、近年はセラミックタイル、段ボール、食器、建材、捺染など、あ らゆる素材・形状へと用途が広がっています。

インクジェット印刷の最大の特徴は「非接触」であることです。ヘッドと印刷面が直接触 れないため、凹凸のあるセラミックタイルや立体的な食器にも対応できます。また、旧来 のスクリーン印刷やグラビア印刷、オフセット印刷と呼ばれるものは「版」を使用する印 刷手法ですが、インクジェット印刷は、版(はん)を使わないオンデマンド印刷のため、 1 枚ずつ異なるデザインを出力することができます。
「セラミックタイルはここ 10~15 年で、アナログ印刷からインクジェットへの置き換え が一気に進み、実感としては市場の 9 割以上がデジタル印刷になっています。段ボール印 刷も少しずつ置き換わりつつあり、EC の拡大とともにその動きは加速しています」と企 画営業部の山村部⾧は説明します。
さらに近年では、「綺麗に印刷する」という従来の用途を超え、インクジェットが素材の 「質感表現」や「機能付与」の手段としても注目されています。透明インクを重ね打ちし て凹凸を形成したり、逆に特殊インクで表面を溶かして木目の手触りを再現したりするな ど、インクジェット技術は 2D の印刷を超え、素材加工の領域へと踏み込んでいます。
環境対応の面でも、インクジェットは注目を集めています。従来のアナログ印刷(スクリ ーン印刷・グラビア印刷など)では、色替えや洗浄工程などで一定量のインク廃棄が発生 します。一方、インクジェットは必要な場所にだけインクを吐出する方式のため、インク のロスを大幅に削減できます。捺染向けでは水性顔料インクの普及により洗浄工程で使用 する水の量も大幅に削減でき、ヨーロッパでは繊維業界を中心に「環境に優しい印刷技 術」として法整備も進んでいます。
エスアイアイ・プリンテックのプリントヘッド

エスアイアイ・プリンテックが製造しているのは、産業用インクジェットプリンターの心 臓部ともいえる「プリントヘッド」です。プリンター本体ではなく、液滴を吐出するコア 部品を手がけます。大きさは、単行本(B6 版)ほどのサイズで、1 台の産業用プリンター に 100 個以上のプリントヘッドが搭載されることも珍しくありません。 製造はすべて日本の自社工場で行われています。コアパーツであるピエゾアクチュエータ ーの前工程を千葉・高塚事業所が担い、組立アセンブリの後工程を秋田事業所が担当して います。
ピエゾアクチュエーター|液滴を生み出す圧電素子

同社のプリントヘッドは、ピエゾ(圧電)方式を採用しています。ピエゾアクチュエータ ーとは、電圧をかけると変形するセラミックス(圧電素子)のことです。この変形運動を 利用してインクを押し出し、ピコリットル(1 兆分の 1 リットル)オーダーの極めて微小 な液滴を高速かつ高精度に吐出します。

インクが吐出される溝の幅は数十ミクロンで、髪の毛 1 本よりも細いサイズです。この微 細な溝を 1 本ずつ精密に切り込む加工技術(ダイシング)は、同社の製造力の根幹の一つ となっています。ピエゾセラミックスは脆く、機械加工を行うと割れやすい材料として知 られています。それを量産レベルで安定して加工できるのは、親会社であるセイコーイン スツルの時計製造技術の蓄積があったからです。
世界が選ぶプリントヘッド「RC1536」

エスアイアイ・プリンテックの主力製品である「RC1536」は、もともとセラミックタイ ル向けに開発されました。しかし、現在では段ボール、テキスタイル、ガラス、金属、3 5 次元積層など幅広い用途で使用されています。
「大きく作る」ことへのこだわり
業界の多くのメーカーが解像度向上のためにヘッドの小型化・薄膜化を進める中、同社は あえて逆の方向を選びました。ピエゾアクチュエーターの体積を大きく保ち、パワーを確 保するという設計思想です。
ヘッドのサイズが大きいこと自体はコンパクトさという点でマイナス要素になります。し かし、一方で高ギャップ対応や大流量吐出、高粘度インク対応という RC1536 の強みにつ ながります。
●最大ギャップ:20mm
●液滴レンジ:13~150pL(ピコリットル)(RC1536-M)~25~225pL(RC1536-L)
●対応インク粘度:10~30mPa・s ※一般的には 5~10mPa・s
コスト優位性と水性インクへの先進的対応
RC1536 は印字幅が広く、大流量を吐出できるため、プリンターに搭載するヘッドの数を 減らせます。例えば、セラミックタイルのグルー印刷では、競合他社のヘッドでは 4 バー 必要とするところ、RC1536 なら 2 バーで対応できるケースもあり、プリンター全体のコ スト削減にも貢献します。

また、水性インクにも対応しており、原料に水を多く使えるため低コストで、環境負荷も 低いのが特⾧です。特に環境規制が厳しく、コスト面での対応が求められる中国市場にお いて RC1536 の存在感を示しています。
使用できるインクは水性の他にもあり、ソルベント(溶剤系)・UV(紫外線硬化)・オイ ルといった多彩なタイプに対応しています。
3 つの技術的強み
① 高ギャップ対応|凹凸面でも精密に着弾
エスアイアイ・プリンテックの旗艦製品「RC1536」が持つ第一の強みは、高ギャップ対 応です。これは、ヘッドと被印刷物(メディア)の距離(ギャップ)を大きく離しても、 液滴を正確に着弾させることができる能力を指します。
そのため同社では、RC1536 の開発にあたって、液滴の吐出速度を従来比 1.8 倍ほどに引 き上げました。液滴を高速で打ち出すことで、大気中の微小な風の影響を受けにくくし、 離れた位置にあるメディアにも正確に届けることを可能にしています。
この高ギャップ能力は、当初はセラミックタイルへの印刷を念頭に開発されたものです。 7 しかしその後、反りのある安価な段ボールや、深さのある食器内部、凹凸のある建材な ど、当初の想定を超える用途での活用が次々に明らかになりました。同部の山下課⾧は 「お客様の現場でテストを重ねる中で、自分たちも知らなかった特徴が見えてきました」 と振り返ります。
現在では、最大約 50mm のギャップでの印刷実績もあり、中国やヨーロッパの食器(磁 器)印刷市場では高いシェアを確保しています。さらに、今後はロボットアームと組み合 わせることで、さまざまな角度や姿勢からの印刷も可能になり、応用分野はさらに広がる と見られています。
② インク循環構造|ノズル詰まりを防ぎ、安定稼働を実現
第二の強みは、インク循環構造です。RC1536 はヘッドの左右にインクの入口と出口ポートを備え、インクをヘッド内部で常時循環させながら印刷する構造を採用しています。

この仕組みが解決するのは、産業印刷の現場で長年課題となってきた「ノズル詰まり」の問題です。インク中の顔料粒子(特にセラミックタイル用の無機顔料は重く硬いものが多い)が沈降してノズルを塞いだり、気泡が混入して吐出が途絶えたりすることがあります。インクを常に循環させることで、こうした不具合の原因を抑え、安定した吐出を維持することができます。さらに、インク充填時のロスがないなどメリットもあります。
開発においては、循環によって生じる内部の圧力差をどのように許容範囲内に収めるかが技術的な難所となりました。圧力差が大きくなるとノズルごとに液滴サイズが変わり、印刷品質に影響が出ます。同社は流体シミュレーションと実機実験を繰り返し、最適な内部構造を導き出しました。
③ 液滴制御|グレースケールで質感と速度を両立
第三の強みは、液滴サイズを柔軟に制御する「グレースケール機能」と、高粘度インクへの対応です。
液滴 1 個は約 10 ピコリットルという極めて小さなサイズですが、同一のノズルから複数の液滴を連続して吐出し、飛翔中に結合させることで、最大 200 ピコリットルを超える大きな液滴にも対応できます。細部は小さな液滴で精細に表現し、ベタ塗り部分は大きな液滴で高速かつ高密度に印刷するなど、用途に応じたデジタル制御が可能です。
また、一般的な産業用インクジェットヘッドの対応粘度範囲が 5~10mPa・s(ミリパスカル秒:液体の粘り気や流れにくさを表す国際単位)程度であるのに対し、RC1536 は 10~30mPa・s という幅広い粘度範囲に対応しています。これにより、水性インク、UV インク、溶剤インク、オイルインクなど、多様なインクに対応し、さまざまなアプリケーションで利用することができます。
技術思想「匠・小・省」|時計製造の遺伝子がプリントヘッドに宿る
エスアイアイ・プリンテックの技術的強みの源泉は、長年にわたって築いてきた精密加工技術にあります。「匠・小・省」、これはセイコーインスツルグループで掲げる技術理念であり、その思想を体現しているのがプリントヘッド事業です。
ピエゾセラミックスへの精密ダイシング加工は、もともと水晶振動子の切り出し加工で培われた技術を応用したものです。また、顕微鏡越しにピンセットや極小ドライバーを用いて緻密に部品を組み上げる職人的な製造文化は、セイコーインスツルが腕時計製造で長年磨いてきた技術の蓄積によるものです。こうした技術が、髪の毛よりも細い溝を持つプリントヘッドの量産を可能にしています。
事業の起点は 1990 年代後半にさかのぼります。セイコーインスツル社内で「自社の技術を生かした新規事業ができないか」という模索が始まりました。その中で、海外のプリントヘッドメーカーが持つ特許技術をベースに、同社独自の量産加工技術を組み合わせることで、インクジェットプリントヘッドの事業化を実現しました。山下課長は「当社ならではの精密加工技術があったからこそ量産が可能になりました」と振り返ります。
また、液滴の飛翔を自社製の「飛翔観測装置」で直接計測し、シミュレーション結果を物理的に検証するという開発手法も、「結果が良ければそれでよい」という考え方ではなく、「本当に狙い通りの結果が出ているか」を徹底的に確認する姿勢の表れであり、高精度な計測が当たり前とされる時計製造の文化によって育まれたものといえるでしょう。
「自分たちも知らない使い方」が未来を開く
RC1536 はもともと、セラミックタイル市場向けに開発された製品です。しかし現在では、その活躍の場は段ボール、食器、窓枠、ナンバープレート、さらにはバイオ・医療分野へと急速に広がっています。

医療・バイオ分野では、「決まった位置に定量を正確に吐出する」という用途でインクジェット技術の活用が研究されています。同社にもすでにテストの引き合いが寄せられているといいます。診断薬の微量分注や、細胞培養基板への生体材料の塗布など、これまでとはまったく異なる文脈で液滴制御技術が求められています。
山村部長は次のように語ります。
「インクジェット技術は、もともと文字や写真を印刷することから始まりました。しかしこれからは、凹凸を作る、機能性を付与する、薬剤を吐出するなど、印刷することとは異なる用途がどんどん増えていきます。バイオや医療の分野でも、私たちが驚くようなアプリケーションで使われ始めています」
こうした「想定外の発見」が生まれる背景には、同社がお客様のテストに積極的に伴走する姿勢があります。引き合いがあれば担当者が現場に赴き、インクの種類、マシンの仕様、吐出波形の設定などを細かく調整します。このように、ヘッド・インク・マシンの「三位一体」を丁寧に最適化していくことが、新たな用途を切り拓く力となっています。
ニッチな強みが、次の主流をつくる
同社は、誰も手をつけていなかったセラミックタイル市場に 2001~2002 年頃から参入しました。現在ではタイル向けインクジェットヘッド市場で世界上位のシェアを持ち、ヨーロッパの段ボール印刷市場でも上位グループに位置しています。また、食器(磁器)印刷の分野でも高い競争力を持っています。これらはいずれも、精密加工技術と、高ギャップ・大流量・インク循環という同社独自の技術特性が、市場のニーズと結びついた結果といえます。
インクジェット技術は現在、「印刷」という枠組みを超え、製造加工や機能付与、さらには医療・バイオ分野へとその役割を広げつつあります。山村部長は「自分たちが驚くようなアプリケーションで使われることが、これからも続くと思います」と話します。その驚きの先に、エスアイアイ・プリンテックの次の主戦場が広がっています。
取材協力

左から、企画営業部 山村部⾧、山下課⾧